以前から古代史に興味があり、特に邪馬台国やその女王卑弥呼のことや「古事記」「日本書紀」のことを色々と調べながらアカシックレコードからの情報をとっていました。
邪馬台国は一体どこにあったのか?卑弥呼とはどこからやってきてどこで亡くなったのか?
色んな説がありますが、
そんな中、未解決事件を透視する元FBI超能力捜査官のマグモ・ニーグルという人が卑弥呼の墓の場所を突き止めたという記事を見つけて、早速先日その場所に行ってみました。
そこは、山口県の山あいにある豊田湖という湖畔にある「安徳天皇御陵墓参考地」という所です。
そこに卑弥呼が眠っているというのです。
ここは壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺骸が地元の漁師の網にかかりこの地まで運ばれて埋葬されているということで、宮内庁が管理しており墓の入り口には鉄の扉で立ち入り禁止になっています。
鉄格子から中を覗くと古墳状になった盛り土に石積みの階段がついており、その天辺あたりに陵墓がある感じです。
マグモニーグルさんはアメリカからやってきてここで透視をして、ここには卑弥呼が眠っていると言って具体的に埋葬されているイメージとか副葬品なども絵を描いています。
そこで、僕もアカシックリーディングをやってみました。ここは、卑弥呼の墓なのか、安徳天皇の墓なのか。
けれど、卑弥呼がここに埋葬されたイメージとかの情報はきませんでした。
何度かリーディングを試みましたが、やはり卑弥呼が埋葬されている感じはしません。
逆に安徳天皇が眠っている感じが右手にビリビリと伝わってくる感じがしました。
ただ、この盛り土の形状はどうみても古墳の形でありそれも案内図に書かれてあるのは前方後円墳です。
古墳時代であれば3世紀頃からであり、壇ノ浦の戦いが12世紀であるので安徳天皇を埋葬している陵墓にしては不自然な形です。
結局、卑弥呼の墓であるという感覚は得れないまま、ここを後にしました。
そして、自宅への帰路の途中、高速上で夕食を摂ろうとたまたま入ったのは壇ノ浦SAです。
安徳天皇陵墓に行った後に壇ノ浦に立ち寄るというシンクロ!
やっぱりあそこは安徳天皇が眠っているのかな?
(写真は関門海峡を望む関門橋、左に壇ノ浦の古戦場、手前が下関、対岸が門司)
S A内のレストランで壇ノ浦を眺めながらフグではなく、なぜかうどんを食べたのでした。
今から800年ほど前にこの海峡で日本の歴史を作る戦いがあり、人の運命の儚さを体現した平家一門は海の底の都に旅立ったのでした。
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